さくらんぼ、ラ・フランスに梨、柿…。フルーツ王国・山形の秘密とは?

山形県は言わずと知れたフルーツ王国。さくらんぼとラ・フランスは国内シェアでダントツのトップに立ち、ぶどう、すいか、柿などでもトップクラスの生産量を誇っています。
フルーツというと、歴史の浅い農作物のように思われるかもしれませんが、山形には江戸時代、明治時代から作られているフルーツがたくさんあります。
山形県が現在のようにフルーツ王国と呼ばれるまでには、先人たちの並々ならぬ努力がありました。
今回は、山形県や庄内地域で親しまれてきたフルーツにまつわるストーリーを紹介いたします。

王国が誇る最強の2種、さくらんぼとラ・フランス

そもそも山形の果物がおいしいのはなぜでしょうか。
まず大きな理由のひとつは、やはり山形の自然環境です。

山形県は多くの地域が高い山々に囲まれ、夏と冬、また昼と夜の気温差が大きいという特徴があります。
特に、昼と夜の寒暖差の大きいというところがフルーツのおいしさのポイントです。

植物は、昼も夜も人間と同じように呼吸をしています。
夜の気温が低いと、植物もゆっくり眠ることができるので、エネルギーの消費が抑えられます。日中に光合成で蓄えた有機成分を果実の成長にまわせるようになるので、甘み、香りの強い果物が育つのです。

もちろん環境だけではなく、果物の生産に関わる多くの人たちの努力がありました。
山形県が全国シェアの大半を占めるのがさくらんぼとラ・フランス。100年以上の歴史ある果物は、先人たちの情熱と努力によって現在の地位にまで昇りつめてきました。

他にも、すいか、桃、りんご、ぶどう、ブルーベリーの栽培も盛んです。最近では、なんと温泉の熱を使ったバナナも栽培されています!
フルーツに賭ける山形県民の情熱は、尽きることがありません。

さくらんぼ


山形といえば、なんといってもさくらんぼ。
有名な品種は、佐藤錦ですね。赤い宝石と称されるほど、形、色つやに優れ、贈答品として人気の高いフルーツです。

さくらんぼが日本に入ってきたのは明治初頭。当初は全国に苗木が植えられましたが、あまり日本の気候には合わず枯れてしまいました。唯一残ったのが山形県の樹です。

当時のさくらんぼは、皮がやわらかくて傷みやすいという欠点がありました。
そこに挑んだのが佐藤栄助翁。15年の歳月をかけて品種改良に取り組み、新品種「佐藤錦」が誕生します。

さくらんぼは植樹から実をつけるまでに5年かかるといわれています。品種改良がどれほどの気力、体力を要したか、想像に余りあります。

ラ・フランス


ラ・フランスが山形にやってきたのも明治時代でした。
実はラ・フランスが現在のような人気者になったのはごく最近のこと。当初は、栽培に手がかかり、収穫してもおいしくない果実として見向きもされませんでした。

ところがその後、ラ・フランスは収穫してからでないと熟さないというめずらしい特性があることがわかります。それからラ・フランスの甘み、香りのすばらしさが評判となり、現在のように山形を代表するフルーツとなりました。

ラ・フランスの原産地はその名の通りフランスですが、発見された1864年以後、しばらくして絶滅してしまったそうです。そこで、1991年、天童市農協からフランスの国立農業研究所にラ・フランスの苗木が贈られたという変わったエピソードがあります。

庄内の歴史を語るフルーツ4選

さくらんぼやラ・フランスは山形全域の果物ですが、庄内産としての起源をもつフルーツもあります。なかには、農民の生活を支えてきた歴史ある在来作物も。
そんな庄内を代表するフルーツを、4つ厳選して紹介します。

庄内砂丘メロン


庄内砂丘のメロン栽培は歴史が古く、大正時代から植えられ、昭和初頭から本格的に始まりました。

もともと不毛の土地といわれていた庄内砂丘ですが、日差しの強さと夜の涼しさ、きれいな地下水と水はけのよさはメロンの生育に適していることがわかり、一大産地となっていきます。

メロンといえばあの網目模様。じつは、メロンは若い果実の時には柔らかくてつるっとした肌をしています。生育過程で果皮が固くなると、果肉の成長に耐えきれなくなって表面にひびが入ります。あの網目(ネット)はひび割れを直そうとするメロンの分泌液が固まったもの。きれいな網目ほど、生育の良好なおいしいメロンである証なのです。

毎年7月頃には庄内砂丘でメロン食べ放題の収穫体験があり、とれたてのメロンをお腹いっぱい味わうことができます。収穫期は6月下旬から8月上旬です。

甲州ぶどう


今でこそ、ぶどうといえば大粒の種なしが人気となっていますが、以前は小粒のものもよく食べられていました。甲州ぶどうと聞いて、懐かしく感じる人も多いのではないでしょうか。

鶴岡市櫛引地域に甲州ぶどうが伝わったのは、今から約250年前、江戸時代にまでさかのぼります。櫛引では青龍寺川がしばしば氾濫を起こし、土砂が堆積して水田に合わない土地でした。

困窮していた農民を救ったのが、当時の甲斐(現・山梨県)から伝わったとされる甲州ぶどう。水はけのよすぎる土地は、稲作ではなくぶどうの生産に向いていたのです。

櫛引地域の気候はおいしいぶどうを作るのに適していました。甲州ぶどうは鶴岡市の在来作物としても登録されていて、櫛引の歴史を語る上で欠かせない果物といえます。

ピオーネ、安芸クイーン、シャインマスカットなど、大粒のぶどうが最近の主流となっていますが、甲州ぶどうは今でも根強い人気を誇っています。収穫期は9月から10月にかけて。櫛引地域ではさまざまな品種を食べくらべできるぶどう狩りも楽しめます。

刈屋梨


洋梨(ラ・フランス)が有名な山形ですが、和梨の生産も盛んです。
酒田市の北部にある豊川地区では刈屋梨が昔から人気でした。刈屋の梨は明治初期に始まり、明治30年頃に「長十郎」という品種が広まってから一気に人気が高まります。

刈屋の土は水はけがよく、鳥海山の養分を含んだ肥沃な地域だったために、大変味の良い和梨が育てられてきました。

今では幸水や豊水といった全国的に馴染みのある品種が育てられていますが、同じ品種でも産地や作り手によってまったく味が変わるのが農作物の不思議なところ。刈屋の梨は他の産地と比べても甘さがまったく違うと評判です。収穫期の9月から10月にかけて、刈屋地区では収穫体験が楽しめます。

庄内柿


庄内柿は、100年以上前に庄内地域に広まった庶民的な果物です。明治18年ごろに植えられた原木が、鶴岡市の天然記念物として、今でも鳥居町に残されています。

庄内柿は正式名称を「平核無(ひらたねなし)」といい、平たくて種の無いことが最大の特徴。鶴岡の在来作物としても登録されています。

他にも、「伝九郎」「万年橋」「大宝寺柿」「たて柿」といった在来品種も残されているほど、庄内では古くから柿が親しまれてきました。収穫期は10月から11月上旬です。

果樹園が密集する櫛引地域でフルーツ狩りを

甲州ぶどうの産地となった櫛引地域は、今では庄内を代表する果樹栽培地域となっています。約70種類ものぶどうが生産されていて、収穫時期には大小さまざま、色とりどりのぶどうが実り、観光客などでにぎわっています。

櫛引地域には、他にも、さくらんぼ、りんご、梨など、さまざまな果樹園が集中していて、収穫体験を楽しむこともできます。春から秋にかけて、それぞれの果樹園で、季節ごとのフルーツ狩りができるので、何回行っても飽きないフルーツエリアです。
庄内には他にも珍しいブルーベリー狩りのできる農園もあります。ぜひフルーツ狩りを楽しんでみてください!

庄内のフルーツ季節限定販売

庄内空港ではメロンやぶどうなど、甘くておいしいフルーツを季節限定で販売しています。
数に限りがあり、すぐに売り切れになってしまうので、お求めの際にはぜひご予約ください!

朝日町産うまいくだもの園のラ・フランス
庄内柿Lサイズ

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